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2006年11月01日
福祉チャリティーのつどい
今日は、10月1日に市川市市民会館で行われた「福祉チャリティーのつどい」の最終実行委員会が開かれました。「福祉チャリティーのつどい」当日の状況は、来場人数としてはイマイチだけど、先々が楽しみな会・集まりでした。これをバネに「障がい者」「高齢者」「健常者」のみんながひとつになれる場所を探したいですね。
投稿者: 日時: 2006年11月01日 00:45 | パーマリンク | トラックバック (0)
釈迦内柩唄(しゃかないひつぎうた)
本日、市川市文化会館小ホールで、一人芝居 釈迦内柩唄(しゃかないひつぎうた)が上演されました。作:水上 勉 主演:有馬理恵 主催:市川でよい芝居をみる会
「市川でよい芝居をみる会」のみなさまには、朗読劇「月光の夏」上映の際に様々なご協力をいただきました。そのお礼も兼ねて観てまいりました。
とても素晴らしい内容でした。また、いろいろな問題に関して描かれていました。「釈迦内」とは、秋田県の花岡鉱山が近くにあった在所の地名です。その地で親の代からつづいた死体焼き場の仕事をしている家族の物語です。有馬理恵さんが、その家族をまさに一人芝居で熱演をされていました。感動の舞台でした。
花岡事件のこと、差別のこと、戦争のこと、家族愛、いろいろなことが描かれていました。けれども今日、私が一番感じたことは、家族を愛する気持ちの大切さですね。家族愛が隣の人をも愛する隣人愛に、さらに広がれば、人間がお互いを愛し合う人類愛につながっていきます。
平和へのはじまり、それは家族愛を大切にすることから始まっていく・・・。上演が終わり、観客のみなさんが帰っていくなか、私はそんなことを考えていました。
「市川でよい芝居を見る会」の皆様、どうもありがとうございました。これからも楽しい芝居を上演していってください。期待していますよ!松藤会長。そして、会のみなさん、よろしくお願いいたします。
投稿者: 日時: 2006年11月01日 23:23 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月03日
シブヤ大学
昨日 11月2日、私の学生時代の先輩(同じテニスの同好会でした)とお会いしてきました。その方は、工藤健夫さんと言う方です。尊敬する先輩のお一人です。現在は、シブヤ大学の事務局長をされています。「シブヤ大学・・・? そんな大学あったの?」と思われる方がたくさんいらっしゃると思います。そうです、学校法人ではなく、特定非営利法人(NPO法人)のシブヤ大学です。「何をしているのか・・?」私もまだわからないことがたくさんあるのですが、工藤先輩よりいろいろな話しを聞く中でこれから目指すべき学校の形であると感じました。少しシブヤ大学の紹介をさせていただきます。
もともとは、現在渋谷区区議会議員でNPO法人グリーンバード代表の長谷部健さんが発案したことが渋谷区において認められ具体化したようです。現在は左京泰明さんと言う方が学長をされているそうです。シブヤ大学を取り上げた新聞や雑誌の切り抜きを見させていただきましたが、工藤事務局長からお聞きしたお話しと総合すると、「渋谷の資源をフル活用する市民スクール、渋谷に関わる多彩な人材をフル活用し生涯教育を行う、街をまるごと使ったキャンパス」と言うことでしょうか?
私 かつまた竜大も市民の運動・活動と関わってきましたが、ここまで大規模なものにはびっくり!しました。我が街市川市も見習うべきところがたくさんあると思います。ただ、真の狙いは渋谷区に在住する若い有権者(20~30歳代)の投票率を増やそうということにあるようです。このことも市川市としては非常に大切な問題であります。それにしても若い区議会議員さんが発案しただけあってユニークな企画ですね。私は、若い人たちだからこそ持っている、発想の豊かさと行動力にただ驚いてしまいました。
まとめとして、シブヤ大学について思ったことを少し書いてみたいと思います。真の教育とは? 今、若い人たちに直接関連するいろいろな問題がクローズアップされてきています。たとえば高校の必修科目である世界史の授業を一切していないのに世界史を履修したことにしていると言うような、偽装請負ではなく偽装履修の問題。こういった問題を見ていて思うのは、結局のところ最大の犠牲者は学生であると言うことです。今、彼ら学生たちを取り巻く問題には様々な問題があります。その問題を解決することなしに前へ進むことは出来ません。しかしながら、現在の政治状況は、その問題を棚上げ、又は、脇に置いたまま論議がされています。そして、前へ進めさせようとしています。これでいいのでしょうか?
現在の状況を無視したままで新しいものを作っていいのであろうか?新しいブドウ酒は新しい酒袋に、と言う格言があります。シブヤ大学の活動は、新しいブドウ酒(今の若者たち)は新しい酒袋(古い酒袋が現在の大学など、新しい大学がシブヤ大学)にと言う、古からの格言に基づいているものだと思います。これからもっともっと学びたい人たちに「学問」をシブヤ大学で、私 かつまた竜大も応援しています。「シブヤ大学」頑張れ!!
投稿者: 日時: 2006年11月03日 12:20 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月04日
11月3日 羽田空港に行く、第二湾岸を考える。
昨日、11月3日の早朝、大分県まで行く友人を荷物がたくさんあるので、羽田空港まで車で送りに行きました。久しぶりに長距離を自動車で走りました。行徳バイパス、行徳駅前経由で湾岸道路、途中浦安インターより首都高速湾岸線に乗り、羽田空港まで行きました。帰りは、途中の首都高速湾岸線が故障車で渋滞していたので、首都高速、都内箱崎経由で戻ってきました。距離にして往復約70Kmでした。
首都高速湾岸線を走っていて感じたのですが、羽田空港へ行くのは本当に便利になったと言うことです。約20年前、私がまだ免許取立てで昨日と同じように市川から羽田空港まで人を迎えに行ったことがあります。当時はまだ首都高速湾岸線は途中までしか開通をしていなくて、羽田空港に行く場合は、都心部からの首都高速道路との合流があり、その合流が非常に混雑するため、かなりの時間がかかった記憶があります。昨日、行きは羽田空港まで本八幡駅前より約50分で到着してしまいました。
便利になりました。首都高速湾岸線の果たす役割は大きいですね。道路の問題に関して、今のこの自動車社会の中で道路基盤を整備することは、環境・経済いろいろな視点から見ても重要で大切な問題だとつくづく感じました。
ただ、私が昨日思ったのは、「湾岸道路はここまで整備されているならば、もう十分であろう。」ということです。現在「第二湾岸道路」を作ろうと言う話しがあります。私は、この「第二湾岸道路」に対しては、反対の立場です。自動車専用道路としての湾岸道路は十分機能している。今後の少子高齢社会を考えた場合にもっと公共交通の充実が必要。「車社会」から「脱車社会」へシフトしていくはず、その「脱車社会」の中で必要とされるのは、鉄道・バス・タクシーと言った公共交通。そして、自転車や歩行者のことを考えた街づくりであると考えます。
第二湾岸道路を整備するよりも「市川市」としては、現在の湾岸道路に対してのアクセスを改善する必要があると考えます。浦安市などは、新浦安駅から湾岸道路に向かう箇所は立体的なジャンクションになっています。とても、湾岸道路(一般道の方)にアクセスしやすい作りなっています。20年前からそうでした。私の記憶にあります。けれども市川市の方は、昨日私が通ってきた、行徳駅前から湾岸道路に向かった場合、立体交差ではなく、右折車線(東京方面に行く場合)を使用してのアクセスとなっています。この箇所は朝のラッシュアワーや日中、右折車線に車がならぷ為に混雑することがあります。
また、東京都内の状況に於いても、平日の日中、自動車専用道路の湾岸線はまず混んでいません。通行料が無料の一般道路の湾岸線が混んでいる状況です。私自身が都内を営業車を使用していて、そういった現場に遭遇していました。繰り返しますが、「第二湾岸道路」はいらないと考えます。ただし、すべての道路がいらない訳ではなく、もっと必要とされている箇所を改善・改良すべきだと私は考えています。安全で安心な街づくりを考えたときに、まだまだ道路は整備はたくさんの箇所で必要です。
車のために必要な道路でなく、人間のために必要な道路を!市民の安全・安心のための道路を!
投稿者: 日時: 2006年11月04日 12:47 | パーマリンク | トラックバック (0)
いちかわ市民まつり
今日、大洲防災公演で「第31回いちかわ市民まつり」が開催されました。私も午前9時45分スタートのオープニングセレモニーから参加させていただきました。お天気が心配でしたが、なんとかもってくれたようです。参加団体のみなさんと市民のみなさんがお互いに触れ合うことの出来る楽しい催し物だったと思います。
私は三年ほど前にもこの「いちかわ市民まつり」に参加をした記憶があります。その時に知り合った方と、今日久しぶりに再会することが出来ました。久しぶりにお会いしましたが、お互いが覚えていたので、少しの時間でしたが楽しく会話をすることが出来ました。また、もっと!びっくりしたのが、その方が私が卒業をした小学校で以前働いていたことがあるとわかったことです。びっくりしました。不思議なご縁としか言いようがないですね。
「参集・参加・参画」という三つの言葉があります。自分は今日どういった立場であるか?それを考えることも大切ですね。私は今日は「参集」という立場に近かったようです。三年ほど前のときは、間違い無く「参加」という立場でした。次回はぜひ「参加」又は「参画をして」、多くの市民のみなさまと触れ合う時間を創りたいと希望しています。「踊る阿呆に、見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損!損!」みんなで踊りましょう。
ぜひ、多くの市民のみなさんと触れ合う場所を作っていきたいです。私も頑張ります。
投稿者: 日時: 2006年11月04日 23:45 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月05日
市川市内のスポーツ施設
こんにちは、かつまた竜大です。先ほどまで、友人、そして友人の姉夫婦御家族皆様と夕食をご一緒させていただきました。とても楽しい食事会でした。友人の姉の旦那さんは、もう50歳代ですが、現役で、草野球チームのメンバーとして毎週のようにプレイをされているのとのことでした。どう見ても50歳を過ぎているとは見えない、とてもお若い方でした。その旦那さんと話しをしていくなかで要望を聞き、また気がついたことがあります。
旦那さんからの要望ですと、もっと市川市内にスポーツ施設を増やしてもらいたいとのことでした。草野球チームの練習場所と試合場所はいつも江戸川べりの野球場とのこと。市内全域からその野球場へ多くの皆様が来られるとのことです。現状、間違いなく運動施設が少ないので、もっと運動施設を増やしてもらいたいとの要請がありました。
スポーツを通じて、青少年の心の病を治すことも可能であると、その旦那さんはおっしゃっていました。たしかにそのことは可能だと考えます。この問題(市内のスポーツ施設)に関しては、キチンと研究をしまして、後日このブログに追ってご連絡をさせていただきたいと思います。よろしくお願いします。
投稿者: 日時: 2006年11月05日 23:32 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月06日
妙典駅
今朝、妙典駅にいました。私は会社に入社したのが1986年。当時の勤務先は東京都港区赤坂で、毎朝、原木中山から東西線に乗って通勤していました。その頃はまだ妙典駅が開通していませんでした。毎朝乗る東西線の窓越しから見える、現在の妙典界隈の景色は、雑草が生い茂った原っぱでした。本当に何もありませんでした。原木中山から乗り、進行方向左側の窓際に立ってつり革をにぎっていると・・・、江戸川を渡り、行徳側に入ってくると見えた景色です。毎日のように見ていました・・・。
二十年経過した現在、今朝行ってあらためて、びっくり!しました。朝の通勤時間帯、お勤めに向かわれる方もかなりたくさんいらっしゃいますね。歳月の経過と共にあらゆるものが変化していくんですね。「無常」と言う言葉があります。私たちの身の回りのことは、すべて常なるものは無い。その「無常」ということを今朝、とても強く感じました。
「無常」、私たちの生活はその言葉通りのものです。私は61年前の戦争体験はありませんが、戦後日本は世界にもまれに見る経済発展を遂げてきました。それと共に私たち『生活者』の身の回りの環境・状況も「無常」と言う言葉がぴったりするくらい、目まぐるしく変化をしてきました。その変化が現在どのような方向に向かっているのか?また、その方向に何が待ち構えているのか?
「方向」と「その先に待ち構えているもの」を多くの市民の皆様にきっちりとお伝えしていくことが、今本当に求められていると思い、これこそが自分の課題であると、強く思いました。変わっていくこと、「変化」に対して常に適応・対応していくことが、まさしく大事になってくる時代だと感じています。多くの市民の皆様にこのことを伝えていくこと。これが現在の私に与えられた大きな課題のひとつとして捉えています。
投稿者: 日時: 2006年11月06日 23:33 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月07日
社会福祉協議会に行ってきました。
10月1日に開催しました「福祉チャリティーのつどい」の際、会場のお客様から集めた募金を社会福祉協議会へ寄付をするため、今日届けてきました。私は、「福祉チャリティーのつどい」実行委員会の事務局長という立場で訪問してきました。多くの皆様の善意のお金が、再び福祉の目的で有効に利用されることを願って、実行委員会の皆さんとお渡ししてきました。
「福祉チャリティーのつどい」は、障がい者の方・高齢者の方・健常者の方、すべてのみなさんが一緒に集まって楽しめる場を作ろう。「バリアーフリー」の時代と言われているが、物や形のバリアフリーでなく、人々がそれぞれお互いに接することのできる、『心のバリアフリーの場』を創っていこう。このようなみなさんの思いから実行委員会の活動が始まりました。そして、その結果が10月1日にひとつの『カタチ』(みんなの心と思いの集まり)となって、市川市市民会館で表されました。この『カタチ』をこれからも継続させていきたいと私は願っています。
投稿者: 日時: 2006年11月07日 23:59 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月08日
朝、富士山を見ました!
こんにちは、かつまた竜大です。
今朝、江戸川の堤防から富士山を見ました。早朝、空気が澄んでいたからでしょう。雪に覆われた、真っ白な富士山でした。雲ひとつない、青空の中、白い富士山が際立っていました。私は富士山が大好きです。よくDNAに刻み込まれた記憶などといいますが、実は私の祖父は、富士山の麓、静岡県御殿場市の出身です。祖父が子どもの時に小僧に出されて、それがいやで東京に逃げてきて、そのまま東京に住み着いたようです。祖父が御殿場を後にするまでは、私の祖先はかなり長い間ずっと富士山の麓に住んでいたようです。神場という場所です。子どもの頃に行った記憶がありますが、本当に何もないところでした。畑と草地だらけだった記憶があります。
話しを市川のことに戻しましょう。そのように、私はもともと祖父の代までは、富士山の麓に住んでいたせいか、富士山が大好きです。けれども、多くの日本人にとっても富士山はあこがれの山だと思います。今朝、私は行徳橋のところで富士山を見ました。とても雄大で素敵な姿でした。あの姿は多くの人に感動を与えるでしょう。市川市は、古くから東京に住んでいる人の別荘地だったと聞いたことがあります。特に、国府台の界隈がそうだったようですね。今、江戸川は人工の堤防が出来ているために川べりは高台となっていますが、昔は、堤防の高さももっと低かったことでしょう。今朝のような富士山は川べりからは見えなかったのでは。きっと、国府台や里見公園が高台だから、昔から『富士山』が良く見える場所だったのでは、と思います。そんな眺めのいい場所であれば、まさしく別荘地としては最適だったわけですね。今朝は市川が別荘地だった、その理由がひとつわかったような気がしました。早起きは三文の得と言いますが、諺通りに何か得した気分でした。(笑)
投稿者: 日時: 2006年11月08日 23:16 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月09日
市川市内の隅々を・・
今日もそうでしたが、市川市内の隅々を「歩いたり」・「自転車だったり」・「バスや車で」まわる機会がたくさんあります。今日は午後の二時間程を自動車でまわりました。そういった中で思うことがたくさんあります。「自分が市川市内のことを知っているようで知らなかった。」ということ!。中学生のとき、サイクリングが趣味でしたのでかなりいろいろ市内を走ったつもりです。けれども、知らない場所がまだまだたくさんありますね。
そういった中で思うことがあります。どんなところでも市民の皆さんの生活が営まれているということです。とても不便なところもあります。坂のきついところもあります。山陰になってしまう場所もあります。工場の近くの場所もあります。そういった様々な場所で人々が生活をしているということです。
「一隅を照らす」私が好きな言葉です。たとえ大きな広いところを照らす光でなくても、小さな隅に光を当てていく人間が、今必要とされていると思います。今日、ある方より、まさしくカミングアウトと言えるような、その方にとってとても大事なことをお聞きしました。本当に大事なことを私のようなものに話していただいたことへ感謝すると共に、多くの人たちが生きている、一所懸命に生きているということを忘れてはいけない、と再確認しました。自分の力は限られています。しかしながら、「一隅を照らす」ことだけでも、しっかりと着実にやっていきたいと決意を新たにしました。
投稿者: 日時: 2006年11月09日 20:04 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月11日
11月10日「一隅を照らす」続き
「一隅を照らす」という言葉を始めて聞いたのは、私が20年間勤務をした会社で、入社当時に役員から聞いた言葉でした。その時はよく意味がわからなかったのですが、その後いろいろな本を読むなかで、この言葉の大切さを知りました。会社員としてすべての社員がその持ち場で活躍することが出来れば、間違いなく会社は発展するであろうし、社員も幸せになることが出来るでしょう。
『日本的経営』という言葉があります。大学時代、経済学部経営学科の学生でしたが、一年次の担当教授がその『日本的経営』を専門とする方でその教授の書かれた本を読みました。当時はあまりピンと来なかったですが、現在の日本の企業を見ていると、『日本的経営』の利点・良さを見直すべきではないかと思うことが度々あります。
まずは「終身雇用制」のことです。やはり、「終身雇用」という安心感・見返りがあるからこそ、人はその持ち場で、「一隅を照らす」人材となることが出来るのではないでしょうか?いくらかっこいいことを言っても、人間、見返りがなかったら働かないはずです。自分が「重要である」と思われていれば、働くものです。カーネギーの「人を動かす」にも書いてあります。そういった、モティベーションの根本をないがしろにして企業運営をしていこうという現在の空気、これは、企業側と労働者側のミスマッチをもたらします。
自分たちの「安全」「安心」「安定」が確保されていなかったら働かないでしょう。「終身雇用」の問題はもっと取り上げるべき問題だと考えています。たしかに働き方が多様化している時代です。終身雇用に関しては働く労働者側が求めていない場合もあるかもしれませんが、一方でそれを求めている人もいるはずです。もっともっと議論の場を作っていかないといけないですね。因みに私の勤務していた会社は、終身雇用制が守られていました。また、60歳定年制を65歳定年制に引き上げようという議論もされていました。
投稿者: 日時: 2006年11月11日 23:54 | パーマリンク | トラックバック (0)
親から伝えられたこと・・歴史
こんにちは、かつまた竜大です。今日たくさんの人を前に話したことがあります。
子どもの時から、何度も何度も母親から聞いてきた話しがあります。1945年3月10日の事、私の母親は当時、墨田区の寺島(現在の東向島)に住んでいましたた。母親が姉とともに、その晩ふとんに入って寝ていると、「鼠が布団の上を飛び越えて逃げていった、きっと今日は大変なことになるから、すぐに逃げられる準備をしなさい。」と姉に言われたそうです。すると、その後何百機ものB29が「ゴォー」と言う音を立てて飛んできて、たくさんの焼夷弾を落としはじめていったそうです。母親は、弟の手を引き、妹をおんぶして、両親とは別に逃げたとのことです。両親からは、「みんなが逃げるのと同じ方向ではなく、逆の方向に逃げなさい。」と言われて逃げたそうです。母親の両親(私の祖父と祖母)は、近所の体の不自由な奥さんを父親がおぶって逃げることにしたので、子どもたちには、別々に逃げろと指示を出したようです。
一晩中、私の母親は、弟の手を引き、妹を背負い、炎の中を、父親の指示を守り、みんなが逃げるのとは反対の方向を逃げ続けたそうです。逃げて行く人々の中には、枕を持ったり、やかんを持ったりして逃げている人、背負ったものが燃えていることに気がつかずに逃げている人、そして、真っ黒こげの死体、いろいろなものを見たそうです。
朝、空襲が終わり、火も燃え尽きてきた頃、どうなったことかと自宅のあった場所に戻ってくると、昨晩まで住んでいた家は焼け落ちていたそうです。そこでボーッと待っていると、何と、父親も母親も近所のおばさんも姉もみんな無事に戻ってきたそうです。私の母親は「1945年3月10日東京大空襲」の生き証人です。
この話し、子どもの時から何度も聞いてきた話しです。母親は平然と話していましたが、きっと心の奥底深くに刻み込まれた、決して忘れることの出来ない記憶だからこそ、何度も何度も話してくれたのだと思います。私はこの話しを聞くたびに、ある年齢から、何時ごろだったか忘れましたが、「決して戦争はしてはいけない。戦争は悲惨なものである。」と思うようになってきました。たしかに、幼少の頃は戦争に対して、「かっこいい」と思うような感情がありましたが、その母親の話しを本当に理解出きるような年齢になってくると、戦争に対して、決してしてはいけない、二度と繰り返してはならない、そして、戦争は愚かなことである、と思うように変わってきました。
今、日本は戦争が出来る国になろうとしています。そのような状況の中、この流れを止めるには、戦争において、どんな悲惨なことがあったのか?この事実を、これからの世代の人々に対してきちんと知ってもらうことが、ますます重要になってくると思います。私は真実の「歴史」を教えることの重要性を痛感しています。それなのに、現在の高校生は、場合によっては必修科目である「世界史」を学んでいない生徒がいるという。この問題は、「世界史」だけの話しではありませんが、受験の為だけの勉強をして、人類の歩んできた肝心の歴史を学ばないということ、こんなことでいいのであろうか?と私は不思議になります。教育問題に関して今一番必要とされるのは、「歴史教育である。」と私は考えます。過去の歴史において、どんな事実があったか?をきちんと学ぶということ、このことが本当に必要とされていると私は痛感しています。「歴史における事実を多くの人たちがしっかりと認識すること。」です。
11月11日の夜、みなさんを前に以上のような話しをしました。
投稿者: 日時: 2006年11月11日 23:58 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月12日
法華経寺境内「かぼちゃの芽」に行きました。
こんにちは、かつまた竜大です。
今日は、午前中松戸へ行き、その帰りに中山の法華経寺境内にある「かぼちゃの芽」に行ってきました。「かぼちゃの芽」は、私の友人が運営に関わっていまして、たまにお邪魔する場所です。どんな場所かと言いますと、喫茶店に箱店(はこてん)という物販を加え、さらに会合や学習の会場としても使用できる、「街の縁側」をコンセプトにした場所だそうです。法華経寺へ散歩に出かけた方がブラリと寄ることの出来る場所を目指しているそうです。
法華経寺の参道途中に他のお店と共に、しかし、ちょっと不思議な存在感を醸し出してお店を開いています。店前には、いろいろな商品が陳列されていて、私はよくそこで、「玄米パン」を買います。「あんなし」と「あんあり」が置いてありまして、私はよく「あんなし」の玄米パンを買います。ただし、この「玄米パン」は、乾燥したものがパック詰めされていて、自宅で蒸して食べないといけません。
何故「玄米パン」を買うのか?、実は「玄米パン」には、子どもの頃の思い出があるんです。子ども時代、私は東京の墨田区で育ちましたが、よく公園で友だちと遊んでいると、「玄米パンのほっかほか~」「玄米パンのほっかほか~」というマイクの声と共におじさんが売りに来るのです。毎回は買うことが出来ませんでしたが、小遣いを持っている時は、よく駆けっておじさんのところまで行き、買って食べた記憶があります。これがなかなか、おいしかったのです。今は11月、これからだんだんと寒くなりますが、秋の頃、公園の木々の葉が落ち葉になって、なんか寂しい光景になってきて、自分たちも寒い中を鼻水垂らして遊んでいる時。 「玄米パンのほっかほか~」という声が聞こえてくると、小遣いがある時は、喜んで買いに行ったものです。小遣いがなくて買えない時は、友だちにちょっと分けてもらったりして・・・。なつかしい思い出です。
すみません、脱線してしまいました。あと、この「かぼちゃの芽」に行くと「もんじゃ屋さん」も思い出します。当時近所に駄菓子屋さんがあり、寒い季節になると「もんじゃ焼き」が食べられました。でも私たちが食べていたのは、今の「もんじゃ」とは大違いで具がまったく入っていないものでした。ぜいたくな友だちは「ベビースターラーメン」を別に買って、それを混ぜて食べていましたが、私はいつもシンプルなものを食べていました。その「駄菓子屋兼もんじゃ屋」を「かぼちゃの芽」は彷彿とさせる雰囲気を持っています。あまり、商売っ気のない雰囲気が大好きです。
ぜひ一度覗いてみてください。
投稿者: 日時: 2006年11月12日 22:09 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月13日
教育基本法『改悪』の危機!
今、教育基本法が危機状態にあります。ただ、この問題なかなかわかりにくい問題です。私もこのブログの中で説明したいのですが、力量不足のため書けません。大変申し訳ございません。こういう時は、先輩方のプログを紹介させていただくのが、一番の解決策です。社民党保坂展人衆議院議員のブログ「保坂展人のどこどこ日記」をご紹介させていただきます。ぜひご覧ください。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto
特に、この部分を読んでいただければ、今回の教育基本法『改悪』のポイントがよく理解出来ると思います。2006年11月9日の「高橋哲哉氏意見陳述(教基特名古屋地方公聴会)」です。
社民党は9日、参議院議員会館で「教育基本法改悪を許すな!緊急院内集会」を開き、約230人が参加をしました。その際に議員会館前で配られた速報ビラにも「名古屋の公聴会では、高橋哲哉さんが『現在の改正論議は教育的視点ではなく政治的意図から出されてきた』と指摘、『現場の多くは改正を望んでいない』と発言した。」(中日新聞)と新聞記事が紹介されています。その高橋哲哉さんの意見陳述を記載したものです。とてもよくわかる内容です。ぜひ、お読みください。
投稿者: 日時: 2006年11月13日 23:16 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月14日
松戸市の矢切に行ってきました。
こんにちは、かつまた竜大です。
今朝は、松戸市の矢切に行ってきました。県立矢切高校がある場所です。現在、県内高校統廃合の問題が起きています。市川市におきましても市川北高校と西高校の統廃合の問題が起きていて、北高校は廃校の危機に瀕しています。矢切高校も同じく秋山高校との統廃合問題が有り、廃校の危機に瀕しています。矢切高校は田んぼの中にポツンと建っています。矢切の渡しでも有名な江戸川の近くにある学校です。廃校の問題が起きていますが、地元の人や生徒の中には、このような立地の為に痴漢が出没すると言う問題も起きているようです。
高校統廃合の問題は、市川市の問題としては、現在人口が増えている中、それを廃校に追い込もうと言うのは、全くおかしな問題だと考えます。しかしながら、立地が影響して痴漢の被害に遭う生徒がいると言うのも困った問題です。
今回の統廃合問題は、「教育の問題」としてでなく、「格差の問題」として、私は論じたいと思います。矢切高校の廃校問題においては、地域の問題とも関わってきます。松戸駅から矢切高校行きのバスが出ていますが、もし矢切高校が無くなった場合は、その路線が無くなることも想定されます。矢切という場所にもともと住んでいる方は別かもしれませんが、住宅を購入した方は、高校をはじめとする教育機関が整っているからこそ、購入したかもしれません。子どもの成長を願いつつ・・・。そういったなかで高校を廃校しようとすることは、大変な問題だと思います。
ぜひ、多くの皆様に、ご検討をお願いしたいと思います。
投稿者: 日時: 2006年11月14日 23:13 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月15日
外環道路の空き地
大和田にお住まいの方のご自宅に、今晩行ってきました。南八幡より歩いて行ったのですが、途中、「外環道路建設予定地」の脇を通ってきました。外環道路建設のために取得した土地が空き地のまま、ずーっと放置されている状況です。市内には他の地域でも何箇所もありますね。昼間、自転車で通る時もありますが、明るいときは馴れたせいか何も感じません。けれども、今晩、夜中の暗いところを歩いてみて感じたのは、「寂しいな~・・・」ということ。この状態をまだ何年も放置するようだが、このままにしておいて、いいのだろうか?クラブ活動やお勤め帰りの女性の方にとっては気味が悪いはずです。子どもにとってもです。
街の中のこんな状況を放置しておくのは大きな問題です。だからこそ、今、防犯が大事になっているのでしょうが、この状況を作り出してしまったのは、市川市の行政の責任であると考えます。国の問題、県の問題、市の問題と様々な段階での問題があると思います。外環道路は国レベルの話しかもしれませんが、やはりその中で市民に対しての不都合が生じているならば、市レベルでの解決策を決めて、問題解決への取り組みが緊急に必要とされます。しかしながら、その取り組みは、一切されていないで放置されているのが現状ですね。この問題も大事な問題です。
投稿者: 日時: 2006年11月15日 23:47 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月16日
教育基本法改悪案、衆院通過!
教育基本法改悪案が本日、衆院で可決されてしまいました。数の論理を悪用した、「横暴」です。生徒・校長の自殺、自殺予告、タウンミーティングでのやらせ質問、「その他の協力者」と言うサクラへの謝礼等々、問題が解決されていない中での出来事です。
私は、この問題はもっともっと学校現場(生徒・教師・親)の意見を聞く必要があると思っています。問題解決の為に現状分析をきちんとすること。その現状分析の手段として、行われたのが教育改革タウンミーティングであったはずである。しかしながら、そのタウンミーティングで謝礼を支払い「やらせ質問」を行っているということは、結論として、正確な分析が出来ていないと言うことである。きちんとした「分析」=チェックが行われていないのに、次なる案=プランを作成しようとするとは・・・、はっきり言っておかしいと私は思います。6月まで私は会社員として仕事をしていました。営業の仕事をしていましたが、お客様に対してコンサルタント的な仕事もしていました。その時に大事なのは、基本となるのは、PDCAの循環です。根幹となる大事な現状分析をきちんとするために、数字を正確に把握することなどを提案していました。そのような私個人の経験からしても、審議に時間を十分費やしたとは言うものの、お粗末な審議であったら、ただの時間の浪費です。
先日もブログをご紹介しました我が社民党の保坂展人議員が衆院教育基本法特別委員会で、上記内容の、「その他協力者」のことを追求しています。すでに遅かりし状況かもしれませんが、ぜひご覧になっていただきたいと思います。そして、今からでも皆様の友人たちにこの情報を伝えてもらいたいと願います。国会の中で茶番が行われています。こんな状況でいいのでしょうか?まだ、遅くはありません。その上で感じたこと、思ったことをアクションしてもらいたいと願っています。メールを送るのもいいですし、国会前に行くのもいいです。ヒューマン・チェーンと言う行動が行われています。本日も衆議院第二議員会館前でありました。
「衆院TV」で検索し、11月14日の日付、→教育基本法特別委員会→保坂展人を開いていただければ、委員会の状況がご覧になれます。今後とも教育基本法改悪問題に関しては随時情報提供をさせていただきます。
投稿者: 日時: 2006年11月16日 20:44 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月17日
市川市男女平等基本条例が廃止の危機に!
こんにちは、かつまた竜大@RYUDAI.tvです。
昨日に引き続き、危機の話しです。今朝の読売新聞京葉版33面に記事が掲載されていました。「市川市議会 男女平等条例『行き過ぎ』 4会派が新条例案提案へ」という見出しの記事です。この記事を読んで、私はびっくりしてしまいました。先日、11月5日に下村副官房長官の発言とまったく同じような内容ではないか?新しい条例を提案しようとする方々は、現在の働く人たちの現状、特に20~30歳代の若い世代の家庭がどんなに大変な状況であるかを、まったく理解出来ていない、と言うことがわかりました。
20~30歳代のこれからの日本を背負うべき世代の方々は、現在の「格差社会」の中において、一番被害を被っている世代である。たとえば、非正規雇用の問題に関しても一番の被害者はその世代の方々であります。バブル以降の90年代、日本経済が低迷している中で、就職氷河期という時代がありました。また、企業側にとって都合のいいように派遣労働法も改正された。その結果、格差社会の中で一番格差を被っている世代となってしまった。非正規雇用であれば、当然、収入も低くなります。そのような中で夫婦二人で一所懸命に生きている人たちがたくさんいます。子どもを作ってしまったら、暮らしていくことが出来ない。将来に対しての不安があれば、貯蓄もしないといけないでしょう。また、いざ子どもが生まれて、保育園に預けたいと思っても預けるところがない。子どもが欲しくないわけではないのです。そんな状況の中で少子化を改善していくことは非常に難しいことだと思います。
下村副官房長官の発言を知って、庶民の苦労を知らない方だと思いましたが、今回の市川市「男女平等基本条例」の問題も世間の実情をしらない方々のやっていることだと思いました。今の時代、夫婦共稼ぎでやっていて、もし、夫が会社のリストラで解雇されてしまい、さらにすぐに以前と同じ年収を稼げる仕事が見つからなかったら、これは大変なことになります。そういった時でも、男女平等の雇用機会が守られているならば、妻の所得でなんとかやりくりが出来るかもしれません。これからの社会が求めているのは、男女の雇用に関しても平等が守られている社会のはずです。共稼ぎでないと暮らしていけない社会を作ってきたのは誰でしょうか?
雇用の問題にだけ焦点をしぼった書き方をしてしまいましたが、「男女平等基本条例」は、あらゆる問題につながることです。保守系の方々は昔の大家族制の姿を思い描いているようですが、現在の日本がそれに逆戻りすることが出来るでしょうか?地方に仕事がないからこそ、地方が疲弊しているからこそ、多くの若い人たちが大都会に就職先を求めてくるのです。市川市もそうです。行徳や南行徳の駅に立っていると、本当に若い方々がたくさんいます。
ぜひ、今回の条例案を出した方々には、庶民の実情と言うものをぜひ知っていただきたいと思います。そして、市民の皆様もそういった議員を作らないように、ぜひ「投票」という権利を大切にしていだたきたいと願っています。
投稿者: 日時: 2006年11月17日 23:23 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月18日
市川市の乳幼児医療費助成制度
こんにちは、かつまた竜大@RYUDAI.tvです。
市川市の乳幼児医療費助成制度は素晴らしいものです。しかし、・・・。
昨日、市川市「男女平等基本条例」のことを書きました。その中で、若い夫婦が共稼ぎをしなかったら食べていけない現状のことを書きましたが、市政の中で、共稼ぎ夫婦を無視していると思われる問題があります。タイトルにもあります、「市川市の乳幼児医療費助成制度」のことです。たしかに、素晴らしい制度が出来ました。2006年8月1日より適用となった制度ですが、小学校就学前のお子様が病院等で保険診療を受けた際の医療費の助成制度です。保護者負担は通院1回につき200円、調剤は無料という、素晴らしい制度です。
しかしながら、この制度、市川市も努力して素晴らしい制度を導入していただいたと思います。ただし、若干の不備があることも述べさせていただきたいと思います。実は、所得制限がありまして、保護者(父母等)の所得の合計が703万円を超える世帯は、通院・調剤は助成対象外となってしまうことです。つまり、夫だけの収入が703万円以上の家庭も夫婦共稼ぎで703万円以上の所得がある家庭も一緒であるということです。たとえば、夫が400万円、妻が303万円の家庭も所得制限の対象となってしまうのです。「共稼ぎをするな。」と言うことなのでしょうか?
たしかに、一世帯の所得として703万円と言う額はすごい多い額だと思います。私も年間これだけの所得を稼いだことはありません。夫の収入だけで、これだけあれば構わないかもしれませんが、夫婦共稼ぎの世帯までもが対象となってしまうと言うのでは、未就学児童の医療費がほぼ無料になったとは、言えないと思います。今の女性の就職状況と言うのは、最初の就職の時点はいいですが、一度結婚や出産で会社を退職してしまうと、なかなか同じような待遇の会社には勤務出来ない状況です。だからこそ、結婚後も出産後も会社を辞めない方がたくさんいるのだと思います。夫婦二人で稼げるときにしっかり稼いで貯金をしたいという方が殆どではないでしょうか?けれども、その時に夫婦二人の合算金額で所得を計算されてしまうと言うのは、夫だけの(または妻だけの)年収で703万円を上回る人と比較した場合、間違い無く不公平があると、私は思います。
夫だけの年収(又は妻だけの年収)で、先々暮らしていくのが心配だから夫婦で共稼ぎをしているはずです。このような問題からも夫婦で共稼ぎをしながら、子育てをしている世帯に対しての不平等な対応と言うものがわかってきます。昔、DINKSと言う言葉がはやりました。ダブル・インカム・ノー・キッズということ、夫婦二人の所得があって子どもがいないという状況です。この言葉がはやった時は、インカム=収入額が多かったはずです。今は、非正規雇用というカタチで働く人が増えたのですから、収入が少ないからこそ、ダブル・インカムなのです。しつこいですが、下村副官房長官の言うように、妻が仕事をしないで家庭のことを出来るというのは、夫の稼ぎがある家庭のことです。将来の不安があり、夫一人の稼ぎではやっていけないから、妻も働くのです。その原因となっているのは、まさに現状の雇用情勢が作り出していることなのです。
投稿者: 日時: 2006年11月18日 20:30 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月19日
市川市の乳幼児医療費助成制度(続き 訂正有り)
こんにちは、昨日書きました市川市の乳幼児医療費助成制度に関して、私が書いた内容に若干の訂正があります。所得制限の件ですが、「3歳児から5歳児は、保護者(父母等)の所得の合計が703万円を超える世帯は、通院・調剤は助成対象外となります。」と言うことです。つまり「3歳児から5歳児は、」と言う文言が追加になります。少々訂正を加えさせていただきます。どうもすみません。
昨日の内容に関して、反応を頂きましたが、夫婦合算でも703万円と言う所得の家庭はあまりいないのでは?というご意見でした。たしかにそうですね。正社員でなく、契約社員や派遣社員、またはパートタイマーという形で働いている場合は夫婦合算でも難しいと思います。また、女性の場合、現状子育てをしながら働くのは、かなり難しい状況であり、保育園に入れるのも結局はお金が掛かる。また、実際保育園にもなかなか入園出来ないことから、結局は専業主婦となり、夫の年収に頼り、家計をやりくりしているというのが殆どでは?と言う話しも伺いました。
いろいろな方の声をもっと聞きたいですね。ただし、いずれにせよ言えることは、現在の『格差社会』の中で、その影響を大きく被っている世代は、間違いなく、これから子育てをしていこうとする、若い方々の世代であると言うことは間違いないと思っています。20~30歳代の世代が一番の被害者でしょう。しかしながら、この世代の方々の選挙の投票率が低いのです。ぜひ、この世代のみなさん、選挙に行って、貴重な一票を大事にお使いください。
本日は、松戸市議選の投票日でした。どんな結果になるでしょう。私も応援をしていた方がいます。ぜひとも、当選をしてもらいたと祈っています。たった『一票』かもしれません。でも大きな『一票』となるのです。選挙と言うのは、その結果がその後において、生活に直接関わってくるものです。ぜひ、『一票』を大切にしてください。
投稿者: 日時: 2006年11月19日 20:21 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月21日
11月20日 松戸市議選が終わりました。
こんにちは、かつまた竜大です。
昨日11月20日の朝、松戸市議選の結果が新聞に掲載されていました。社民党公認の候補者が二名立候補していました。二人とも無事当選しました。おめでとうございます。そして、応援していただいた皆様、選挙へご協力いただいた皆様、どうもお疲れ様でした。私も都合3日間、松戸の応援に行っていました。一緒に選挙を戦っただけに、本当にうれしかったです。とくに、4年前の前回選挙において僅か70票差で破れ、今回返り咲いた『工藤すず子』さん、本当におめでとうございます。
これからは、「『であること』と『すること』」と言うように、議員として、『すること』を大切とした、市民の為の道を歩んでいただきたいと願っています。おめでとうございました。
投稿者: 日時: 2006年11月21日 00:17 | パーマリンク | トラックバック (0)
23日「変えるな!男女平等条例」 「街頭アピール」があります。
11月17日に書いた、「市川市男女平等基本条例」の件です。
以下の内容で「街頭アピール」を行います。ぜひ、ご参加ください。29日の12月議会開会の前に行うとのことです。市川市の「男女平等基本条例」を守ろうとお考えの方、ぜひ行動してください。このことは、ジェンダー(性差)の問題だけでなく、人種差別・障がい者差別などあらゆる問題につながることだと思います。環境団体の方でも、障がい者団体の方でも、OK、構わないそうです。
「 下記の要領で、街頭アピール「変えるな!男女平等条例」を行いますので、是非ご参加下さい!! お願いします!
ここで勢いを見せないと、全国に広がってしまいます!議員も参加します。リレートークをしましょう!」
記
テーマ : 「変えるな!男女平等条例」
日時 : 11月23日(木)午後3時
場所 : JR市川駅北口
その後本八幡駅にも流れるそうです。午後4時~5時に本八幡駅予定。
投稿者: 日時: 2006年11月21日 23:34 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月22日
我孫子市に行きました。
今日は、我孫子市にある幼稚園に行ってきました。
私の高校時代からの友人の実家です。ここは、とても特徴のある幼稚園です。広い園庭はなだらかな勾配がついていて、子どもたちは遊びながら足腰が鍛えられるような園のお庭です。また、木製の手作りの遊具がたくさん並んでいます。時間をお知らせするのは、チャイムではなく、リンリンと手でベルを鳴らしながらお知らせをしています。遊んだ遊具を回収するのに、園児たちが籠を背負って集めています。とてもかわいい光景です。
私の友人は、山形県にある分園で園長先生をしています。その分園の方で作った、大きな杉の木の根っこを利用して作った遊具が本日納品予定でした。その友人とも会える予定だったのですが・・・、向こうが今年は長雨でまだ完成していないそうで、納品は延期になってしまいました。友人とも会えませんでした。残念・・!。
けれども、彼の父親と会ってきました。高校生の時から知っている、友人の父親は年齢は重ねましたが、笑い方などは昔のままです。すごく豪快な笑い方をされる方です。いろいろな話しをしながら、とても楽しい時間を過ごしました。どうもありがとうございました。
残念ながら、友人とは会えませんでしたが、本当に楽しいひと時でした。
投稿者: 日時: 2006年11月22日 23:45 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月23日
本日、「街頭アピール」を行いました。
今日、午後3時からJR市川駅、午後4時30分からJR本八幡駅、それぞれの駅前で街頭アピール「変えるな!男女平等基本条例」を行いました。市民団体、議員の方々が来られて、それぞれのみなさんが心の底からのアピールをしていかれました。
市川市内だけでなく、松戸市・浦安市・我孫子市・千葉市など各地域からも応援の方が掛け付けていただきました。お忙しい中、本当にありがとうございました。私もマイクを使って少しの時間アピールさせていただきました。また、それ以外の時間は、横断幕を持つこと、ビラを配ることなどをしました。
ビラを配っていて感じたことです。通りがかりの方でも「ビラ」を持って行っていただける方がたくさんいました。「反応がいい。」と言ったらよろしいでしょうか?市民のみなさんは、やはり関心が高いようですね。
投稿者: 日時: 2006年11月23日 23:12 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月24日
鴨桃代さんの講演会に参加しました。

本日は、鴨桃代さんの講演会に参加をしてきました。以前にもお会いさせていただいたことのある方ですが、本当に物静かな女性です。しかしながら、講演を聞いているとひとつひとつの言葉に重みのある物事をきちんと成し遂げてきた方だと実感できる方です。
労働組合の活動が、現在の格差社会の中で、「疎外されている個人を守っていくこと」をもっと徹底的にやっていくことの必要性を痛感しました。当然、労働組合がその組織を守ること、現在低下している組織率を再び上げていくことも大事ですが・・・。私も鴨さんの活動を今後サポート出来るように力をつけ、市川においても「場」を築いていくことを強く決意しました。
投稿者: 日時: 2006年11月24日 23:54 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月25日
市川市男女平等基本条例の続き
現在の市川市男女平等基本条例改廃問題についてです。私が一番問題と考えるのは、4年前の市議会において、議員提案で尚且つ全会一致(つまり議長を除く41人の議員全員が賛成をした。)で決まったことです。つまり、その後に選挙がありましたので、そこで入れ替わりはありましたが、殆どの保守系議員はそのまま残っているわけです。4年前に賛成をした方がたくさんいるはずです。そのことをすっかり忘れてしまって、又は勉強不足だったなどと言って現在の条例を廃止して新たなる条例を作ろうとしている。こんなおかしなことがあっていいのであろうか?
また、その条例がたった4年で廃止にしてしまうのは、現在の条例を施行して「何か問題」があったのでしょうか?何か問題があったのであれば、具代的にその問題点を上げて欲しいと思います。しかしながらそういった具体的な問題点は上がっていないようです。このままでは多数決の暴力によって、現行条例は廃止になってしまいます。それには多くの市民から声を上げてもらうことが大切です。ぜひとも、自分の問題として声を上げてください。市役所にメールを送ることでも結構です。よろしくお願いします。
投稿者: 日時: 2006年11月25日 23:42 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月26日
市川市市内の道路事情(スクランブル交差点)
市内の道路事情のことを書きたいと思います。市内と言ってもそれぞれの地域によって、状況はまったく違います。したがって、今ここで書くことによって市内すべての道路事情を語っているわけではありません。かなり特定された内容です。
4年前、2002年6月にバリアフリー調査と言う催しがありました。私はその催しに誘われて参加をしました。その時に、車椅子を押すということを生まれて初めて体験し、福祉に対して関心を持つこととなりました。それから「福祉問題を考える会」の活動に参加をするようになったわけです。
私が押す車椅子には女性の方が座り、担当地域である本八幡駅北口側、国道14号沿いの歩道を車椅子を押しながら歩いていたのですが、途中歩道の中に電柱が立っている為に幅が狭く、ぎりぎり通ることが出来る箇所がありました。特にその時に気になったのは、歩道を自転車で走る方がいて、そのような場所ですれ違いとなる時にどちらかが譲らないと絶対に通れない状況となることでした。その時はこちらが大人数でしたからか、自転車の方が止まって譲ってくださりましたが、普段から車椅子に乗っている障がい者の方に聞いたところ、突っ込んでくる自転車もあるそうです。「特に怖いのは、国道14号本八幡駅北口のスクランブル交差点だ。いろいろな方向から、歩行者だけでなく、自転車までもが来るので、自分たち車椅子の人間は、本当に注意をして渡らないといけない。」と話されていたことを鮮明に今でも覚えています。
その言葉を聞いて以来、あの本八幡駅のスクランブル交差点を渡る時は、自転車の場合は押すようにしています(実際、道路交通法では自転車は降りないといけないのです。)。また、スクランブル交差点という仕組みはバリアフリーではないということも意識するようになりました。私はバリアフリー調査の体験やその時に聞いた話しから、人はどんな立場にいるかで、物事の捉え方はまったく違ってきてしまうことを理解できるようになりました。私たちはバリアフリーと言う言葉を何気なく使用していまますが、心の底から「バリアフリー」を思い・考えて生きているか、いつも自分に対しての問いかけを忘れないことが大切だと思います。ついつい自分の視点で見てしまう、考えてしまうものです。障がい者の視点で物を見ること、感じることが出来ないと・・・。
投稿者: 日時: 2006年11月26日 18:22 | パーマリンク | トラックバック (1)
2006年11月27日
一所懸命に
今日、会合でお時間を頂戴し、挨拶をさせていただきました。その中でお話しをさせていただいたことを少々書きたいと思います。「一所懸命」ということです。一生懸命ではなく、一所懸命です。日本の中世において、あるひとつの場所=領地(一所)を懸命に守ることから来ています。また、一所懸命の土地とは、命をかけて最後まで守り抜く覚悟を持った土地のことを言うそうです。
今、私が生きる市川市は、私が命をかけて最後まで守り抜く覚悟を持った土地であるかどうか?市川市・・・。
私は一所懸命の覚悟を持って市川市の問題に取り組んでいくことを決意します。
投稿者: 日時: 2006年11月27日 23:19 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月28日
市川市の松
今日、JR市川駅から京成市川真間駅の近くに行きました。甲子(キノエネ)駐車場の奥に、素晴らしい松が生えている家があったので、携帯電話のカメラで写真に収めました。ちょっと写真の写りが悪かったようです。ただし、何とか見えそうですね。
総武線の千葉方面行きに乗って、進行方向左側の窓から見ているとわかります。市川駅をすぎると、市内各所に松の木がたくさん植わっているのが見えます。あの光景は市川市の誇りだと私は思っています。まさしく市川市の遺産と言っていいものです。いつまでもあの松の木が生えている光景を残していきたいと思います。
投稿者: 日時: 2006年11月28日 23:26 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月29日
プロローグ終わってしまう・・ 発議15号質疑答弁
本日、市川市議会において、発議15号「市川市男女共同参画社会基本条例の制定について」質疑答弁を傍聴しました。午前10時の開会から午前中は傍聴出来ましたが、午後は、途中人とお会いする約束をしていましたので、最後の高橋亮平議員の質疑答弁だけを傍聴出来ました。
最初に感想を述べさせていただきます。市議会の質疑答弁は、まったく失望してしまうものです。傍聴席には午前中、50~60人ぐらいの人がいましたが、もっと多くの市民に見て欲しい内容です。こんな質疑答弁を見ていたら、まさしく税金泥棒と言われてしまうと思います。たしか、市川市のホームページでご覧になれますので、ぜひ多くの皆様、ご覧になってください。議論の内容は別として、市議会の状況がお分かりになると思います。
限られた質疑答弁の時間の中で、ある質疑に対する答弁は、肝心の答弁よりもその前口上であるプロローグばかりが長く、核心の答弁に関しては、「時間切れ」で終わってしまうという状況です。市議会はこんなことでいいのであろうか?傍聴していて非常に腹立たしい思いであった。提案者である保守系議員の皆様、もっと正々堂々とやってください。プロローグばかり長くして、肝心のお答えがないような答弁では困ります。あなたに投票した市民があなたの姿を見たら、どう思われることでしょう・・・。
投稿者: 日時: 2006年11月29日 22:47 | パーマリンク | トラックバック (0)
2006年11月30日
都営地下鉄新宿線を利用して思う。
今日、先日お世話になった方を訪問する為、東京都江東区の大島(おおじま)という場所まで行ってきました。都営地下鉄新宿線の西大島駅で下車をして行ってきました。都営新宿線の本八幡駅から各駅の電車で約20分です。とても近いですね。私は南八幡に住んでいますが、同じ市川市内でも本八幡から南行徳まで行こうとした場合、電車を利用するとやはり20分ぐらいかかります。どちらもかかる時間はほとんど同じです。
何が言いたいのか・・・、実は私の学校の先輩である方から「本八幡で商売をしていると大変!東京に近いだけに、いいお客さんがみんな東京に行ってしまう。」という嘆きをよくおっしゃっています。今日、場所は東京でもまだ中心部ではありませんが、江東区の大島に行って、「近いな!」と感じましたので、その先輩の発言を思い出してしまったわけです。
行徳や南行徳にお住まいの方と話していても同じようなことを聞きます。つい最近も私が代表をしているNPOの会合が本八幡であるので、行徳にお住まいの方にお誘いをしたら、「川向こうね。遠いから、ちょっと考えちゃうわね。」と言われてしまいました。行徳でしたら東西線を使えば、都心に20分以内で行けてしまいます。そのようなお気持ちになるのもしょうがないことですね。
市議会選挙において、行徳地域の投票率が低いのも、同じようなことがひとつの原因でしょうか?気持ちが市役所がある八幡あたりには無く、意識は殆ど東京都民に近いのかも・・・。大切な問題です。 市川市内のどんな場所に暮らしていても、市川市に対して愛着を持ってもらえるような、そんな街づくりをしていかないと駄目なんでしょうね。
魅力ある街づくりをしていくこと、とても大切な課題です。市民の皆様が、市内のどんな場所に住んでいても、市川市民として自分の住む市川を誇りと思えるようにしていく事です。そのような街づくりの為に働きます。
投稿者: 日時: 2006年11月30日 20:22 | パーマリンク | トラックバック (0)
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