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●ABOUT2006年12月 アーカイブ

2006年12月01日

フィスチュラ

 産科フィスチュラという疾病をご存知でしょうか?今日はこの疾病についての講演会に行ってきました。講師は國枝美佳さんという方です。

 まずはこの疾病に関して説明します。フィスチュラとは、日本語で「ろうこう」のことで、体の中の器官に開いてしまった、本来あるべきではない穴のことを言います。現在も途上国で問題となるのが、出産時に赤ちゃんの頭がつかえるなどの理由によって、陣痛が長引き、女性器周辺にこのフィスチュラが生じる「産科フィスチュラ」。通常、赤ちゃんは死産。お母さんは、排泄コントロール機能が失われ、絶え間ない糞や尿漏れに悩まされるようになる。また、感染症、歩行困難などが合併する場合もあるとのこと。

 この疾病はアフリカ全土での問題のようですが、講師の國枝さんはエチオピアに行き、フィスチュラで苦しむ女性たちを援助する活動をしてきた方です。エチオピアだけで毎年新たに罹患する女性の数は約9000人もいるそうです。フィスチュラに罹患する一番の理由は「貧困」であると彼女は言っていました。また、女性の地位が低いということも。

 より詳しく知りたい方は、「フィスチュラジャパン」で検索してみてください。代表は中山道子さんという方です。この方もすごい方です。グローバルな視点で女性の地位向上の為に頑張っている方です。 

 世界の中の「貧困」の問題は本当に他人事ではない問題です。『人口爆発と貧困』、それは私たち先進国の人間が作り出しているとも言えます。私たちの豊かな生活は、実は彼らの貧困から生み出されている。この問題はもっと多くの方に知ってもらいたい問題です。また、私自身がきちんと伝えていくことが出来るようにもっと勉強していきます。

投稿者: 日時: 2006年12月01日 22:03 | | トラックバック (0)

2006年12月02日

友人の納骨に行ってきました。

 今日、埼玉県の所沢まで行ってきました。8月に突然亡くなった友人の納骨があったからです。8月7日月曜日、本当に突然の出来事でした。その友人はある建設関連の会社に勤務をしていたのですが、その会社の誰もいない事務所で朝の8時半頃、誰にも看取られることなく亡くなってしまいました。奥様を一人残して・・。私はその日に友達からの電話で知りました。

 御通夜と告別式に私は参列することが出来ましたが、何人かの友人は海外に仕事で出張中であったり、携帯電話がつながらず連絡先がわからなかったりで、参列できない人間がいました。今日は、その御通夜と告別式に参加出来なかった古くからの友人も含めて、みんなが集まり彼の納骨を見守りました。

 本当にいい奴で、頼むと断れないタイプの人間でした。あとから聞いたのですが、あまりに仕事がハードワークでまた賃金も満足するものでなかったので、亡くなった時点では既に退職を決意していたそうです。しかし、後輩たちを先に辞めさせて自分は最後一人残って仕事をしていたような状況だったそうです。彼のチームはどんどん人が辞めて行き、彼までいなくなってしまうと取引先に迷惑がかかるから、なかなか辞められなかったようです。

 そんな働きづめの中、突然に心臓疾患で亡くなってしまいました。U君、どうぞ安らかに眠ってください。君みたいな人がこれ以上増えないように、自分もこれから出来る限りのことをしていきます。みんなで過ごした学生時代に、観光バスでスキーに行ったときのことを今でも思い出します。ワイワイガヤガヤで本当に楽しかった。この思い出は私の記憶から亡くなることはないです。いつまでも忘れずに憶えています。

投稿者: 日時: 2006年12月02日 23:38 | | トラックバック (0)

2006年12月03日

森田実氏の講演会に参加

 本日は、千葉市へ政治評論家 森田実氏 の講演会を聞きに行きました。「憲法が危ない!日本の未来を切り開く」というテーマでした。森田さんは、インターネットで毎日情報発信をされている方です。私は以前より森田さんの評論を読んでいまして、するどい物の見方をされる上に、自分の考えをしっかりと持たれていることから尊敬をしていました。今日初めて、目の前で直にお話しをお聴きする機会を得て、ますますその尊敬の度合いが高まりました。

 内容に関しては、ここでは書ききれない盛りだくさんのものでした。特に私が気がついた内容に関してだけ、ここに記します。

 「現在、日本・オーストラリア・ポーランドのみイラク戦争を肯定している。」という発言でした。そうなんですね。アメリカもイギリスもイラク戦争のことはすでに否定しています。私は、「平和」の問題に関して話すとき、2001年9月11日アメリカ同時多発テロのことをよく話します。テロで亡くなった人たちよりも多くのイラク国民があの戦争で亡くなっていることを話します。アメリカがイラクへの戦争を仕掛ける大義名分は、「イラクが大量破壊兵器を持っているから」ということでした。結果は、「大量破壊兵器はなかった。」ということです。アメリカもイギリスもそのことを認めています。しかしながら、私たちの国、日本はイラク戦争のことを未だに肯定しています。

 アメリカは、先日の中間選挙によってブッシュ大統領の共和党が敗北しました。アメリカ国民のイラク戦争に対しての判断が選挙の結果となって表れていると思います。このような選挙結果が起きるアメリカはまだ正常だと私は思います。しかしながら、アメリカが主導をした戦争の大義名分が誤りだとわかっていてもそれに対して協力したこと、つまりイラク戦争を否定しない現在の日本は、どこか間違っているとしか思えないと考えます。

 もうひとつ、「テレビ・新聞の荒廃が『教育』を駄目にしている。」ということです。このことは、今私が書いたイラクのことともつながります。テレビ・新聞などメディアの荒廃が日本の国民に対して正確な情報を伝えない状況を作っている。このことは、正確な情報を国民は知らされていないということにつながります。正確な情報が伝わらないという、この状況も変えていかないといけません。

 私は現在の政治活動の中で大事な問題は、市民に対して正確な情報を提供し続けることだと考えています。森田氏の講演を聞き、彼の「真実の情報」を多くの人に対して伝えていこうという態度、尊敬します。まさしくリスペクトするに値する方です。今日は、そのような方からお話しを聞く事が出来た、(一番前の席で聞きました)素晴らしい一日でした。森田さん、ありがとうございます。そして、今日の計画と運営をされた方々ありがとうございました。

投稿者: 日時: 2006年12月03日 22:24 | | トラックバック (0)

2006年12月04日

行徳富士

 今日は行徳方面に行っていました。あるマンションの上の階より、行徳富士(不法残土・産廃の山)を初めて見下ろしました。いつもは、高速道路や湾岸道路または京葉線から真横にあるのを眺めていましたが、初めて「見下ろし」ました。やはり大きいですね。あんなに大きなものが長年存在していたと考えると周辺の人たちは、さぞかし毎日毎日いやな思いをしてきたことでしょう。まさしく、当事者でないとわからないことですね。

 現在の行徳富士は、以前よりも緑に覆われていて、風が吹いても土や埃が飛びにくいようですが、どんな状況なのでしょうか?そして、今後どうしていくのでしょうか?この問題も大きな問題です。市川市の恥です。まだまだ解決できていない問題です。実はあの場所は、以前より下水処理場として計画をされていた土地でした。その後、三番瀬を埋め立てて下水処理場を作ることになった為、一時都市計画により土地利用が制限されたまま長期間放置されてきました。そのことがこの「行徳富士」を生み出す理由にもなっています。ただし、三番瀬の埋め立て計画が白紙撤回になったため、必然的に三番瀬を埋め立てて下水処理場を作ることもなくなりました。今は、再びこの行徳富士のある場所に下水処理場を作ろうということとなっています。そして、この下水処理場を作るには2000億円も掛かると言われています。

 大きな公共工事ですが、この下水処理場を必要ないと言われてもいます。私が思うに下水処理場を作る以前にまだまだ下水管自体が埋まっていない箇所が市川市内にはたくさんあると言いたいです。大きな箱物を作る以前にもっと都市(街づくり)計画をしっかり立てて欲しいと思います。私自身が街づくり計画を立案し提示していくべきかもしれません。都市計画に関してはズブの素人ですが、自分の思いを述べてそれを専門家とコラボレーションさせたら面白いものが出来ると思います。政策と言うよりも先々の課題(アクティビィティ)として提示させていただきます。

 追加 : 下水道の件ですが、要するに家庭から出る排水(下水)をきれいにすればいいわけです。ご自宅にお住まいの方ならご存知でしょうが、下水が通っていないで水洗トイレをご利用のお住まいは合併槽というものを設置しています。あの合併槽を高性能のものにすれば、個々の家庭において排水をきれいにすることは現在の技術で可能となっています。

投稿者: 日時: 2006年12月04日 22:33 | | トラックバック (0)

2006年12月05日

風邪をひきました

 一昨日より喉が痛く、昨日から本格的に風邪をひいてしまったようです。普段はなんともない体が体調不良の時は、少し体を動かすだけでも大変に、しんどくなってしまいます。こんな時こそ健康であることのありがたさを本当に実感できます。

 そして、こういった時は、自分のことだけでなく、体の不自由な方がいかに大変な状況の中で生活をしているか、ということも実感できます。4年前のバリアフリー調査に参加をした際、市川市役所の中で体が不自由になった状態を体験出来る器具を装着し、階段の上り下りをしたことがあります。その時のことを思い出しました。(普段の生活から常にそのような視点でいないといけないのですが・・・まだまだ修業不足です。)

 足の不自由な方、目の不自由な方、いろいろな方がいらっしゃいますが、なかなかそのような立場に立って物事を理解することは難しいです。しかし、自分自身が病気などで体が不自由になると、その人たちの大変さがようやく理解できるものです。人間は、常に自分を基準に物事を判断してしまうと思います。私自身もまだまだ自分を基準にしてしまいます。

 これからの時代、自分を基準にしないで、たとえば身体に不自由がある方々を基準にして考える仕組み作りが必要な時代になっていると思います。バリアフリー、ユニバーサルデザインといった言葉以上に、そういった基準と言うか、標準、つまり「福祉社会における新たなるスタンダード」を大切に出来る社会、街づくりをしていきたいと私は願っています。

 では、「福祉社会における新たなるスタンダード」とは何か?まだまだ私自身が勉強不足でこの場では語ることが出来ませんが、私の恩師である人たちの言葉を借りますと、「ヨーロッパの福祉国家にそのモデルがある。」とのことです。もっともっと私も勉強しまして、この場で語れるようになります。期待していてください。

投稿者: 日時: 2006年12月05日 22:14 | | トラックバック (0)

2006年12月06日

市川市男女平等基本条例が廃止に・・

 11月17日に書きました、市川市男女平等基本条例の件です。本日の市川市議会において、現在の市川市男女平等基本条例が廃止となり、保守系会派から提出された、発議第15号「市川市男女共同参画社会基本条例の制定について」が多数決の結果、可決してしまいました。私も傍聴に向かったのですが残念ながらその状況をこの目で確認することはできませんでした。

 4年前に全会一致で可決した条例が、民主的なきちんとした話し合いがもたれないまま廃止となってしまう・・。こういったことでいいのであろうか?と疑問に思います。多数決と言う手段を使用して、どんどんと法律が制定又は改正(改悪)されてしまう現在の国会の状況とまったく変わりません。私は来年市川市議選に初めて挑戦しようと決意をして、現在活動をしています。その決意の理由は、現在の日本の国の状況が大変危ない方向に進んでいると強く感じていた中、やはり環境・平和・福祉の問題を解決していくには政治をやらないと駄目であると確信したからです。その自分が、来年4月に挑戦しようとしている市川市議会において現在の国会と同じような事が起こってしまうとは。今の自分の心の中では、やはり挑戦する決意をしてよかった、現在の市議会がこのような状況であればあるほど挑戦し甲斐があると思いました。

 まずは、自分の住んでいる街を『一所懸命』に守ります。

投稿者: 日時: 2006年12月06日 20:47 | | トラックバック (0)

2006年12月07日

市川市男女平等基本条例が廃止に・・ 続き

 昨日に続きまして、12月6日の市議会において、新条例に 賛成22 反対18 という結果、残念ながら現在の市川市男女平等基本条例が廃止となり、新条例が可決となってしまいました。今朝の朝刊各紙を読んでいると、「市川市男女平等基本条例」のこと、それぞれ取り上げ方が違うのでとても興味深いです。

 各紙のヘッドラインだけ御紹介します。

 朝日 男らしさ女らしさ尊重を強調 「新条例4票差で可決」 市川市議会

 讀賣 男女共同参画社会基本条例案を可決 市川市議会

 産経 「ジエンダーフリー『過剰』を是正」 市川市議会が男女共同参画条例 

 毎日 「男女平等条例を改廃」 ジェンダーフリー否定 父性・母性の役割重視 
                                          市川市議会
 毎日 「改廃の根拠乏しく」 教育などへの影響 議論不十分

 千葉日報 「男女『らしさ』容認」 男女共同参画社会基本条例 議会二分も可決
                                          市川市議会

 ヘッドラインだけ御紹介しましたが、各紙の書き方・取り扱い方は様々です。讀賣新聞だけは、240字程度の記事でした。当日の議会の状況ですが、傍聴席は賛成・反対それぞれの人たちがいたようです。ある方より聞いた話しですが、賛成側の方7人は全員がブルーのリボンをつけていたようです。また、途中退席をした方は、行徳地区の寒川一郎議員だそうです。

 私の意見は、毎日新聞で書かれているのと同じく、「改廃の根拠が乏しい。」、「実際の教育現場への影響が現在どのようなものなのかが、十分に議論されていない。」というものです。起きているか、起きていないかが、はっきりわからないことを、まるで「起きている」かのように囃し立てて、「起きている」としてしまうこと。非常に危険なことです。冤罪事件のようなものです。実際の現場においては、「起きていない」のに、「起きている」とされてしまう・・・。これからの市議会はどうなってしまうのでしょうか?やはり、変えていくしかないです。変えていく為に、私は頑張ります。


 

投稿者: 日時: 2006年12月07日 22:11 | | トラックバック (0)

2006年12月08日

65年前、日米開戦の日

 ちょうど61年前の今日、1945年12月8日(日本時間)にハワイ真珠湾のアメリカ太平洋艦隊に対して奇襲攻撃が行われ太平洋戦争が始まった。この戦争は開戦前より無謀な戦争であることはわかっていたはずである。すでにABCD包囲網と日本側で言われるように、戦争遂行に必要な燃料及び物資の供給が不可能なことを知りながら戦争を始めてしまった。結果、初戦は勝利を上げたが、ミッドウェイ海戦での敗北後、各地での撤退、玉砕、本土への空襲、広島・長崎への原爆投下、そして1945年8月15日の終戦を迎えることとなる。

 当時の日本の政治状況は、軍部独裁政治であり、その独走を誰も止めることができなかった。何故このような政治状況が作り出されてしまったのか?当時の日本の歴史をしっかりと学び、そこから現在にも適用できることを見つけ出す必要があります。私自身ももっと多くのことをこの時代の歴史から学ばないといけませんし、これからの日本の未来を作る若い方々にももっと学んでもらいたい。歴史を学ぶことは、未来を創り出すことにつながるのです。

 また、現在のビジネスにおいても使用される言葉、「ロジスティクス」ということ、軍事用語であり「兵站」「後方支援」とも言いますが、当時の日本軍部にはこの兵站に関しての発想は、特に陸軍においては、まったくと言っていいほど無かったと言えます。作戦段階から兵站を考慮しない無謀な作戦計画を立てそれを実行した。結果は負けて当然である。一方のアメリカはオペーレーションリサーチと言われるように、戦略段階から徹底的に効率・兵站を重視して作戦を立案し実行してきた。ただ物量だけに負けたのではなく、頭脳にも負けたと言えます。

 日本という国、島国である。周りを海に囲まれている国です。我々はこの島国で生き抜くためには、海外との友好的な関係を基本に築いていかねばならないと考えています。現在の食料自給率を見ても約40%です。私たち日本という国は平和の中でこそ生き抜くことができる国です。この平和を守り抜くためにも、今日の日、日米開戦の日をいつまでも記憶に留めておくことが必要とされています。

投稿者: 日時: 2006年12月08日 22:30 | | トラックバック (0)

2006年12月09日

大学で就職懇談会開催

 本日、私の母校で、テニス同好会のOBとOGが集まり、同じ同好会の現役大学生を対象とした就職懇談会が開催され出席してきました。私は現在、会社を退職している身ですので、現役学生の皆さんに対してアドバイスできることなどあまりないのですが、逆に現在の大学生のことを知りたいと思い参加してきました。

 まず行ってびっくりしたのは、私は20年前に大学を卒業したのですが、当時と比較すると学生のヘアースタイルとカラーが、私が現役だった時とまったく違うということです。以前からわかっていたはずのことでしたが、男子学生11人・女子学生11人の計22人を前にして、ずーっと見回しますと、やはり驚きます。女子学生は全員ヘアカラーをしていました。とても髪の毛の黒い3年生の女子学生がいたので聞いたら、就職活動に合わせて染めたそうです。それまでは「かなりの茶髪だった。」そうです。男子学生もほぼ9割方の学生がヘアカラーをしていました。また、ヘアースタイルが今風のクシとかブラシを使わないようなちょっとボサボサのスタイル。

 いいとか、悪いとかを別にして、20年経過すると学生も外見だけでもこんなに変わってしまうのですね。私が社会人になってから、新入社員はスーツ姿しか見ていなかったのでわかりませんでしたが、今日は学生全員が私服でしたので余計感じたのかもしれません。因みに私が就職活動をしていた20年前は、体育会ではなかったですが、少しショートヘアーにして清潔感のある感じにしていました。(別に自慢しているわけではありません。)みんなそうでした。

 姿形で判断してはいけないのですが、もう少し個性的な演出が出来ないものかと思いました。就職活動と言うのは、目立つことも大切だと思います。何千人、何百人の中から選択してもらうには、まずは目を引く格好にするべきだと、私は考えます。今日は、目立つ奴がいないかな?と期待して行ったのですが、みんな同じ感じ、少し期待はずれでした。突拍子もない格好をしろ、と言うことではなく、こういう時代だからこそ、おかしくない程度に個性を主張するような学生がいないのかな~と思っていましたが・・・。

 今の時代、誰もがみんなと同じことを志向する時代なのでしょうか?そのことが現在の学生たちにも影響を及ぼしているのかもしれません。そして、政治にも影響を及ぼしているでしょう・・・。誰もが疑問を感じずに同じ政党・候補者に対して支持をするような状況。こういった状況をどう変えていくべきなのか?大きな課題です。

投稿者: 日時: 2006年12月09日 23:29 | | トラックバック (0)

2006年12月10日

母の誕生日でした。

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 今日は、母の誕生日でした。私はすっかり忘れていたのですが、姉と妹はしっかりと覚えていて(さすが娘ですね。)、「花を贈るから、お金を頂戴。」とのメールを妹よりもらっていました。今日が誕生日でしたのでその花を撮影してきました。びっくりしたのは、最近の薔薇はトゲがないのですね。「美しいものにはトゲがある。」という諺が使えなくなっちゃいますね。

 「おめでとうございます。これからもお元気で、大好きなテニスと旅をしっかり楽しんでください。」

  Today is my mother's seventieth birthday.

投稿者: 日時: 2006年12月10日 15:30 | | トラックバック (0)

2006年12月11日

チャペルでの祈り

 一昨日の12月9日、大学に行ったことを書きましたが、終了後大学内のチャペルで行われたクリスマス礼拝に参加してきました(まだ、クリスマスまでには時間がありますが)。私自身はクリスチャンではありませんが、キリスト教の教えには素晴らしいものがあると思います。その礼拝の中で「平和を求める祈り」(アシジの聖フランシスコ)を祈りました。その内容に、とても感銘を受けましたので、ここにそのお祈りの一節を記します。

 神よ、わたしをあなたの平和の道具としてお使いください。
 憎しみのあるところに愛を、
 いさかいのあるところにゆるしを、
 分裂のあるところに一致を、
 疑惑のあるところに信仰を、
 誤っているところに真理を、
 絶望のあるところに希望を、
 闇に光を、・・・

 とても素晴らしい内容でした。実は、「アシジの聖フランシスコ」とは、イタリアのアッシジにある聖フランシスコ会を創設した聖フランチェスコのことです。聖フランチェスコは前教皇ヨハネ・パウロ2世より「自然環境の保護の聖人」とされたのです。私も環境のことを取り組んできた為か、このお話しは聞いていました。その方のお祈りをみんなで祈ることができて、とても幸せな気分になると共に、今、この時代において、この祈りの内容は、私たちにとって、とても大きな意味のあることと思いました。

 世界中には、今たくさんの争いがあります。多くの人々がそういった争いの中で暮らしています。一方聖フランチェスコは、小鳥や魚を前にお祈りをしたと言われている人です。アッシジの教会に行くとその情景を描いた絵が飾ってあります。多くの人たちが、聖フランチェスコと同じような優しい心を持ち続けることが出来たら、小鳥や魚を前にお祈りができるような優しい心を持つことができるのであれば、この世から争いはなくなるであろう、と実感しました。そのような優しさに溢れた世の中にしていくために多くの人が希望を持つことも大切でしょう。また、人々の希望・願いを実現していくため、政治はこれからの時代において、より大きな役割を果たすことでしょう。

 

投稿者: 日時: 2006年12月11日 19:19 | | トラックバック (0)

2006年12月12日

マンションの管理人の方

 私はマンションに住んでいます。先日、管理人の方が変わりました。新しい方はとても真面目な方です。いつも私は思うのですが、この時期、落葉の季節、本当に大変ですね。私が住んでいるマンションは敷地内に何本かの木が植えてあります。この木が落葉樹です。今の季節、とてもその色づきが美しいのですが、一方、その落ち葉が大変なんです。

 マンションの管理人の方には、毎日毎日その落ち葉をきれいに掃除していただいています。仕事なのだから当たり前と言ってしまえば、それまでですが、実はマンションの裏側に大きなお住まいが有り、こちらの家の大きな木がまた落葉樹なんです。ちょうど塀の近くにある木から毎日毎日落ちてきます。ご自分の管理しているマンションの敷地外にある木からの落ち葉も実は毎日毎日きれいにしていただいていたのです。最近、昼間、住まいに戻った時にわかりました。

 「一隅を照らす」人とは、この管理人さんのような方を言うのだ、と思いました。管理人さん、いつも毎日、本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

投稿者: 日時: 2006年12月12日 22:07 | | トラックバック (0)

2006年12月13日

自転車の墓場 駐輪場問題

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 今日、本八幡駅の近くでみた光景です。「自転車の墓場」とタイトルに書きましたが、この自転車たち、その後どうなったのでしょうか?いずれにせよ、本八幡駅界隈(市川市内の主要な駅すべてですね。)の駐輪問題を解決しないと・・・。駐輪場は増えているようですが、空きがないとか、いろいろ問題があるようです。毎日早朝より、シルバー人材センターから派遣された方たちが違法駐輪の整理をされています。違法駐輪はたしかに問題ですが、駐輪場の整備はさらに大切な問題だと思います。駐輪場が足りないからこのような問題になるのですから。一方、違法駐輪は歩行者や車椅子の方、足の不自由な方、目の不自由な方、小さな子どもさんたちに対して非常に大きな迷惑をかけています。駐輪問題、大きな課題です。

投稿者: 日時: 2006年12月13日 22:10 | | トラックバック (0)

2006年12月14日

駐輪場問題の続き 現場確認

 昨日の続きです。今日、駐輪場のことを調べていましたら、本八幡駅の第4駐輪場(第4種=駅から200メートル以上離れている。 登録制 無料)が現在空いているということがわかりました。たまたま近くに用事がありましたので見てきました。管理をされている方に伺いましたら、やはり空いているとのこと。ただし、利用時間に制限があるのです。登録申請書を頂き確認しました。《使用制限》が記入されていました。「①午後10時~午前6時はゲートが閉鎖され、自転車の入出場はできません。②この登録は、当駐輪場を使用する権利を保障するものではありません。したがって「満車」の場合は、使用をお断りする場合があります。③有料駐輪場との重複登録(キャンセル待ちを含む)はできません。④《使用上の注意》など、ルールを守れない場合は、登録を取り消します。」とのことです。帰りが午後10時以降と遅くなった時は、自転車を出すことが出来ないのですね・・・。なかなかお勤めの方で帰りが遅くなることが多い方は利用しづらいです。

 いずれにせよ、この駐輪場問題、現場の状況も見てみないと詳しくわからないです。定期的に取材して報告します。

  

投稿者: 日時: 2006年12月14日 23:46 | | トラックバック (0)

2006年12月15日

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 今日、お世話になっている方のお住まいにお邪魔してきました。

 とてもかわいい猫を二匹飼っていらっしゃいます。そのうちの一匹のお写真です。

 どうですか?かわいい猫でしょ!

 私はどちらかと言うと、猫派です。 24年間も生きていた猫を飼っていましたので・・。

 いずれにせよ、犬も猫もどちらもかわいいです。

 飼い主のみなさま、どうか責任を持って大切に育ててください。

 よろしくお願いします。

投稿者: 日時: 2006年12月15日 23:16 | | トラックバック (0)

2006年12月16日

おいしかった日本酒

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 今日、学校の大先輩のお供で、忘年会に参加してまいりました。

 そこで、とてもおいしい日本酒に出会いました。

 銘柄は「仁勇」と言います。

 「新米新酒 本醸造生原酒(吊るし無濾過)」と書いてあります。

 醸造元は鍋店(なべだな)株式会社さんです。

 本社は成田ですが、酒蔵は神崎にあるようです。

 普段、日本酒はほとんど飲まないのですが、おいしかったです。

 その大先輩からも 「竜大、覚えとけ!」 と言われましたもので・・。(笑)

 

投稿者: 日時: 2006年12月16日 23:13 | | トラックバック (0)

2006年12月17日

クリスマス会

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 会社員時代にお世話になっていたヘアーサロンでクリスマス・パーティーがありました。

 ご招待をいただき、参加してきました。

 クリスマス・ケーキがとてもきれいでしたので、思わず写真に残してしまいました。

 部屋の照明を落としたなかで、蝋燭の明かりがとても幻想的でした。

 当然、おいしかったです。

 「ごちそうさまでした!!」

投稿者: 日時: 2006年12月17日 23:36 | | トラックバック (0)

2006年12月18日

駐輪場の続き

 今晩、知り合いの方と本八幡駅前でお会いしました。普段は自転車に乗っている時にお会いするのですが、今日は歩きだったので、理由をお聞きしました。「駐輪場の停めた。」とのお答え。さらに、「毎月いくら駐輪場代を支払っていますか?」とお聞きしましたら、「一回使用のところなので100円です。」とのご返事。

 私も意識していなかったのですが、そうです、「1回使用の駐輪場」もあるのです。自分自身が駐輪場を使用していないので、意識が足りなかったです。本八幡駅周辺の駐輪場でも5箇所あります。ただし、空いていないと使用出来ませんが。

 現在の駐輪場問題、自転車を使用する方が、面倒がらずに、そして、お金を出すことを惜しまなければ、駐輪場自体の数は確保されているのではないか?と考えてしまいます。いずれにせよ、現状に関しては市役所への確認が必要ですね。私は本八幡駅南口近く、第5駐輪場の脇をよく通るのですが、原付に関しては昼間は空いていないことが多いような気がします。せっかく来たのに、空いていないので渋々別の駐輪場に向かう方をよくお見かけします。

投稿者: 日時: 2006年12月18日 23:35 | | トラックバック (0)

2006年12月19日

原付バイクの駐輪場

 駐輪場の続きです。昨日も書きましたが、私はよく本八幡駅第5駐輪場の脇を通ります。その第5駐輪場の問題です。実は、あの第5駐輪場、あそこから出てくる原付バイクが原因で、よく怖い思いをしています。

 あの駐輪場の場所は本八幡駅のすぐ近く、従って人気も高いようです。けれども、その駐輪場から出てくるバイクがJR高架下脇の道をかなりのスピードで西側の行徳街道に飛び出してきます。また、反対方向である本八幡駅南口にバイクを乗ってくる人もいます。多くの運転者は、さらに南口駅前ロータリーを横切って東口の方に行ってしまいます。かなり「危険」です。

 運転者の問題もありますが、道路の作り方や駐輪場の設置場所に関して、もっと行政も考えるべき箇所がたくさんあると思います。読者の皆様は、ぜひ歩行者のことを考えて、自転車も原付バイクも安全運転でお願いします。

投稿者: 日時: 2006年12月19日 22:24 | | トラックバック (0)

2006年12月20日

平櫛田中の言葉

 私がいつも掛け声のように心で唱える言葉があります。

彫刻家、平櫛田中の残した言葉だそうです。

彼はこの言葉を吐きながら、100歳を超えても彫刻を彫り続けたそうです。

    実践、実践、また実践

    挑戦、挑戦、また挑戦

    修練、修練、また修練

    いまやらずして、いつ出来る

    俺がやらねば、誰がやる

    やって、やって、やり通せ

投稿者: 日時: 2006年12月20日 22:31 | | トラックバック (0)

2006年12月21日

かぼちゃの芽

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 今日、中山法華経寺の参道にある「かぼちゃの芽」に行ってきました。

とてもいい雰囲気のお店です。

2006年11月12日のブログでも紹介させていただきました。

私はその時、玄米パンのことを書きました。

また、お店の中には、「箱店」(ハコテン)と言って、細かく区分けされたスペースでいろいろな物が売られています。

実は、今使っているお財布もその箱店で買ったものです。

お近くに行かれたらぜひ覗いてみてください。

投稿者: 日時: 2006年12月21日 20:14 | | トラックバック (0)

2006年12月22日

かぼちゃの芽 続き 日露戦役之忠魂碑

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 かぼちゃの芽の続きです。

実は、かぼちゃの芽の前には、日露戦役之忠魂碑というものがあります。

お店の前にある石の階段を、二股の木の間を抜けて上って行くとその碑はあります。

ぜひこの碑も一度ご覧になっていただきたいと思います。

私は、ここに行くと必ずお線香を上げるようにしています。

投稿者: 日時: 2006年12月22日 22:37 | | トラックバック (0)

2006年12月23日

日露戦役之忠魂碑 戦争とは・・

 今日12月23日、明日はクリスマス・イブです。

明日はぜひ、多くの皆様に平和を願ってもらいたい。

昨日書いた日露戦役之忠魂碑のこと、市川市民の皆様にはあまり知られていないと思います。

過去の戦争のことは、どんどん忘れ去られてしまいます。

日露戦争などは、100年も前の出来事ですから。

しかしながら、そういった戦争で何があったかは、今の時代でも知ることが出来ます。

私は、日露戦争のこと、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読んで知りました。

あの本の題名のように、日露戦争後、坂の上に立った日本は、その後坂から転げ落ちるように・・・。

次の戦争は、1945年8月15日に終戦を迎えた。


 ぜひ、今こそ多くの国民に歴史を知ってもらいたい。

若い人たちには特に・・、クリスマス・イブを前に私が願うことです。

投稿者: 日時: 2006年12月23日 22:13 | | トラックバック (0)

2006年12月24日

Mary Christmas !

メリークリスマス、12月24日クリスマスイブです。

みなさま、今夜はいかがお過ごしですか?
今宵ぜひ、平和について、あなたの思いをめぐらしてみませんか。

「報復の連鎖を無くしていきたい。」と私は願っています。
昨晩の asahi.com のニュースです。
宗教家の発言は、この時期大きな意味があると思います。
ぜひ、日本の宗教界の方々もイラク問題に関して、発言をしていただきたい。

「政府のイラク政策批判 英国教会・カンタベリー大主教」
2006年12月23日20時32分
 英国教会の宗教上の最高位者であるウィリアムズ・カンタベリー大主教は23日付のタイムズ紙への寄稿で、ブレア政権のイラク政策のために、中東全域でキリスト教徒が現在、危険にさらされていると批判した。

 同大主教はこの中で、イラク戦争の前に、軍事力行使に踏み切れば、地域のキリスト教徒が「西側による十字軍」の支持者と見なされて迫害されるとの警告が再三発せられたにもかかわらず、政府はこれを無視したと指摘。その結果、キリスト教徒は生命や将来を脅かされており、例えばイラクでは、キリスト教徒の人口が2、3カ月に数千人の単位で減少、一部の有能な指導者は国外移住を余儀なくされていると述べた。(時事)

投稿者: 日時: 2006年12月24日 23:12 | | トラックバック (0)

2006年12月25日

クリスマス

DSCN0933.JPG メリークリスマス! 美しい地球を子どもたちに サンタのかつまた竜大より

投稿者: 日時: 2006年12月25日 22:30 | | トラックバック (0)

2006年12月26日

市川大野駅で公園都市を思う

 今朝、市川大野駅で朝の街頭演説を村上克子県議と共に行いました。

そこで、思ったことを書きます。(思っただけで、演説としては話していません。)

市川大野駅、現在のところまだ、エレベーターもエスカレーターも設置されていません。

周辺は自然環境に恵まれ、とても素晴らしい場所だと思っています。

市川市の素晴らしさのひとつとして、東京のベッドタウンでありながら、自然に恵まれた素晴らしい環境を持っていることにあります。

私は、この点、まさしく「市川市の長所」と言うべきものを、しっかりと生かした街づくりを提案したいと以前より思っていました。

『緑化都市』と言う言葉があります。

現在既に存在している、この市川の緑を大切に守ることが今後とても重要だと思っています。

また、『公園都市』というものもあります。

有名なものでは、アメリカのニューヨーク(セントラルパーク)、日本の茨城県水戸市(偕楽園)。

市川大野駅周辺の大柏地区は、現在も人口が増えています。

これからの大柏地区、たくさんの自然と言う長所を最大限に生かした街づくりを行っていきたい、

それには、『公園都市』という発想で、近隣にないような自然環境を大切に生かした公園を作り、

その公園を中心とした街づくりを行ってみたい。

『公園都市』という発想、今朝、市川大野駅にいて思いました。

投稿者: 日時: 2006年12月26日 22:25 | | トラックバック (0)

2006年12月27日

『イラク戦争 米兵死者数』

『9・11犠牲者上回る』
 【カイロ支局】2003年3月のイラク戦争開始以来の米兵死者数が26日までに2974人となり、01年の米同時テロの犠牲者数を上回ったことが、AP通信の独自調査でわかった。
 同通信によると、バグダッド南西部を巡回中の米兵2人が25日、道路脇に仕掛けられた爆弾で死亡。この結果、米兵死者数は米同時テロ犠牲者数である2973人を1人上回った。
 イラク駐留米軍は今年8月以降、宗派抗争鎮圧などのため、治安活動を積極的に展開しているが、武装勢力の反撃や自爆攻撃で米兵の犠牲者も急増している。

以上、2006年12月27日 讀賣新聞朝刊より

イラク戦争の大義名分は何であったのでしょうか?

大量破壊兵器はなかったはずです。

ぜひとも多くの人に、2001年9月11日まで、記憶をさかのぼってもらい、

その後に起こったことを確認していただくことを願います。

イラクでは、既に何万人もの国民が死んでいます。

投稿者: 日時: 2006年12月27日 09:29 | | トラックバック (0)

2006年12月28日

宴会部長

 今日、忘年会がありました。

その席で初めてお会した方の印象が非常に強く残っています。

タイトルにも書きましたが、「宴会部長」とお呼びするのが相応しい方です。

何人かが座った席の中央に座り、全体の話題を仕切っていました。


 特にビックリしたことがあります。

普段よくお会いする方が同じ宴席にいらしたのですが、

実は、この方がなかなかお話し好きな方です。

しかし、何故か、今日は始終黙ったまま、とても静かでした。

なんと、宴会の途中、別の方にお聞きしたら、宴会部長さんはそのお話し好きな方の後輩だそうです。

子どもの時から弟分のように、一緒に遊んでいた間柄とのことです。

それを聞いて、大笑いしてしまいました。

兄貴分のお株を弟分が奪ってしまい、宴会を仕切っているという光景が、

とてもほのぼのと楽しく見えました。

人は成長します。

息子が父を超えていくように、弟も兄を超えていくのですね。

投稿者: 日時: 2006年12月28日 22:48 | | トラックバック (0)

2006年12月29日

暮れのご挨拶

 今晩、私の看板を設置させていただいている方を訪問してまいりました。

お茶をごちそうになりながら、いろいろとお話しをさせていただきました。

普段、顔を会わしている時には聞けないようなお話しをお聞きしました。

その方は、ご自身の病気の話しをしてくださいました。

そこでお聞きしたのが、「セカンド・オピニオン」(診療や治療方針ついての主治医以外の意見)のこと。

その方自身が病人だったからこそ、自身の病気に対して本当に真剣に向き合ったからこそ、「セカンド・オピニオン」のこともよく調べられたのでしょう。

とても詳しくお聞きすることが出来ました。

セカンド・オピニオンは、日本ではまだ普及していないそうです。

私も言葉として知っていただけです。

また、「主治医に対して失礼になるのでは・・」と思われがちです。

しかしながら、その心配はまったくいらないそうです。

米国ではあたりまえになっているようです。

インフォームド・コンセント(説明と同意)という考え方を理解している医師ならば、治療法を決定するのは患者や家族であることを十分に認識しているはずとのことです。

現場のこと、実際のことを知っている方にお話しを聞くことの重要性を実感しました。

投稿者: 日時: 2006年12月29日 22:32 | | トラックバック (0)

2006年12月30日

日々の積み重ね

 今日、ある美容室を訪問しました。

木下街道の方にある美容室の先生でしたが、私にとっては初めての訪問でした。

お会いするなり、「よく本八幡駅に立っている方ね。」と言われました。

何とその先生は、何回か私のことを見かけていらしたようです。

そして、「頑張ってくださいね。」と、暖かい励ましの言葉も戴いてしまいました。


 本当にありがたいことです。

励ましの言葉に感謝するばかりです。

それとともに、毎日の積み重ねが、「如何に大切か」と言うことを実感することが出来ました。

言葉だけでなく、やはり行動でも示していくことをしていかないと・・・。

投稿者: 日時: 2006年12月30日 23:10 | | トラックバック (0)

2006年12月31日

今年の終わりに・・・

 今年一年が終わります。

皆様にとって、どんな一年だったでしょうか?

私にとっては、人生の中でも大きな変化の年でした。

なんと言いましても20年間勤務した会社を退職して、

新たなる道を歩み始めることを決意した年でした。

今年6月末退職の時、会社員としての20年間を振り返りました。

前を見ていくことも大切ですが、

やはり、節目には以前を振り返ることも大切ですね。

良いお年をお迎えください。

投稿者: 日時: 2006年12月31日 09:40 | | トラックバック (0)

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