既にブログでも報告をいたしましたが、先月7月9日(月)~14日(土)に米国ガーデナ市へ行ってまいりました。目的は姉妹都市締結50周年を記念して交流を深めることにあり、現地ではタナカ市長やイケジリ市議、また特にナカオカ前市議の妻で市川市委員会委員長であるトレイシーさんには殆どの行程を同行頂き、大変温かいもてなしをしていただきました。感謝の思いでいっぱいです。

 米国を訪れて感じたことがあります。実は米国行きは2度目でありまして、まだ会社員時代の1990年頃にもニューヨークの現地法人事務所とニュージャージー州の工場を訪問したことがありました。その時は帰りに西海岸に寄りロサンジェルスに一泊しています。あくまでも私自身の個人的な印象ですが、米国は当時よりもさらに豊かになっているという感じがしました。一方、今回の訪問で最終日前日にハリウッドを観てきましたが、街中に入る手前では歩道に座っているホームレスの人を何人も見かけました。豊かな人がいる一方でホームレスの人もいるという状況、貧富の格差が拡大している状況を目の当たりにしてきました。私は車や電車に乗ると窓の外の景色を眺めるのが大好きなので、いつもバスなどは窓際の席に座ります。そこから見たアメリカの景色は、20年前よりも多くの高級外車が走るアメリカであり、一方でホームレスの人もいるという眺めでありました。

 そのような米国の競争社会の中で、戦前に日本から移民として米国に渡った多くの日系人は現地で一所懸命に働き、ガーデナ市においては(市の名前の由来でもありますが)多くの日系人が庭師となって(庭師は高給取りだそうです)頑張って働いてきました。現在は成功して立派に活躍をしている姿を私も見てきました。大変お世話になったイケジリ市議の本職は弁護士だそうです。また、ガーデナ市役所で記念植樹をした際、80歳を過ぎた元庭師だという高齢の日系人2世の方々と一緒に植樹をしましたが、戦争中の御苦労を知っていたので心から「お疲れ様でした。ありがとうございます。」と思いました。ガーデナ市の人口は現在約5万人、その内の約2割が日系人だそうです。日系人だという事で戦争中は強制収容所へ入れられ、大変な苦労もしてきました。そういった記憶や歴史を消さない為にもガーデナ市との姉妹都市締結は大切に守っていくべきと、私は思いました。